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2016年5月15日日曜日

サガダワとばちばちラケット。

気がついたらまた2週間もブログをあけてしまった…3日坊主じゃなくてもうちょっと定期的に更新したいんだけれどなぁ…うんまぁ、やりたいなって希望ってことで出来たら頑張るわ。
 
 
さて、わたしの住む首都ティンプーもだいぶ暖かくなってきて、ハエにイラつくシーズンになってきました。仕事中に周囲をぶんぶん、お茶カップの周りにぶんぶん、パソコン周辺をぶんぶん。いらいらしてタオルを振り回して「ハエが~あぁ~」とか言って、ブータン人の同僚達からかわいそうな人を見るような目で見られることにも慣れてきました。
 
そう、どう見られるかなんてどうだって良いのだけれど、ハエが周囲をぶんぶん飛び回ることにはどうしても慣れないんです。
 
わたしの住む首都ティンプーの標高は2300~2400mくらい。高地なので他の標高が低い町よりは確かにハエも少ないの。しかもやっぱり首都だから牛とかの動物も少ないしね。それでもやっぱり日本と比べたらうんざりするほどのハエが飛んでいる(ような)気がするの。
 
イライラした気分を引きずったまま帰宅したわたしの目に飛び込んできたのは、先日帰国した友人のくれた『バチバチラケット』 じつはこれ充電式で、ハエや蚊を電気ショックで退治します。友人宅やレストランなどで見たり試したりしたことがあったけれど、退治した後の虫を片付けるほうがいやだなと思って買う気もなかったのだけれど、せっかく頂いたし使えばいいじゃん!うちにはねこちゃんが居るから絶対に使わないし…と翌日オフィスに持ってゆくことに。

 


オフィスで充電をしていたら、にこにこわらわらと寄ってくる同僚達『なにこれ?』との質問に『電気ショックでハエを撃退するラケット』と答えるとさっと青ざめる同僚達『だめだよ、今日から サガダワなのに…聖なる月が明日から始まるんだよ、そんな時に殺生するなんて』

ブータンでは特定の2ヶ月がとても神聖な月だからと肉なし月といって、全土でお肉の販売を行わなかったり(肉屋さんは営業してはいけない)冷凍食品も肉製品は販売禁止になるんです。それがサガダワと呼ばれる月なの。

ベジタリアンでもないくせにきれいごとばかり言いやがって…と若干もやもやを感じつつも、いつもの反応なのであっさり流すことに『大丈夫、これ電気ショックで麻痺させて落ちたハエを窓から逃がすだけだから』

『えっ?殺さないなら別に電気ショックなくてもいいんじゃないの?ラケットで叩けばいいじゃん?』そんな意見を真剣そうに話し合っていたけれど、ラケットで叩いて気絶させるのと電気ショックで麻痺させるのにどんな違いがあるのかわたしにはわからなかったわ。
まぁなにしろ、同僚達に『今月はサガダワだから電気ショックは良くない』と切々と語られてしまったので、ラケットはぶんぶん振り回して憂さ晴らしをするだけのものになっています。あんまり意味がないわ、あはは。


2016年4月7日木曜日

ジャナチュデ、いわゆる厄除け?

首都ティンプーの北部にある『パンリザンパ寺院兼占星術学校』で行われている『ジャナチュデ』という、いわゆる厄除けのようなお祈りに小雨の中、昼休みにちゃちゃっと行ってきた。前にも書いた気がするけどラベルが見つからないので、もしかしたらフェイスブックで書いたのかな?思い出せないや…
これは毎年、この寺院で行われる行事で9日間行われます。行けるときは行くようにしているのだけれど、この期間に訪れる人はとても多く、土日には2~4時間ほど並ばないと拝観出来ないほどに込み合います。

パンリザンパの入り口
ここの寺院はわたしがブータンに来ていちばんに先輩から引き継いだ物件のひとつでもあるので、よく来たしとても思いで深い場所でもあります。ティンプーから車で30分弱だと思うのでチャンスがあったらぜひ行ってみてください。まぁ特別の何かがあるわけじゃないけれど、雰囲気とか周囲の環境とかがいい感じなの。

 
 入り口には『お知らせ』がゾンカ(ブータンの国語)と英語で書かれています。『ごみの問題があるからパックのお菓子などをお供えものとして持ってこないでね。プラスチックごみ処理にとっても困っています』との案内。仕事をしていた2008年当時、裏にごちゃっとただ放置されていて川に流されるわ風で飛ぶわでひどい状態だったので、焼却しなよ…とアドバイスしたけれど何故か拒否されたのよね…でもこうやって少しずつ変わってゆくのね、良かったわ…なんて思いつつ境内へ。
 
祭壇?の様子
お供え物…パックのお菓子で山盛りじゃん…あの案内はいったいなんなんだ…
 
ちょうどお昼休みだったし最終日だったこともあり、拝観客はまばら。友人からの預かり物もちゃんとお供えして、のんびりお祈りしてきました。
 
この日は最終日だったので、干支のお供え人形(?って言えばいいのかな)はもうありませんでした。最終日の前日に川に投げたのだそうだ。最終日の夕方は、この人形たちも川に流します。
 
人も少なかったのでそこに居た警察官に『写真撮ってもいいですか?』と尋ねるとまさかの知り合い…でもいつものように、わたしはどこで会ったか思い出せないけど顔だけは知っていて相手はわたしのことをよく知ってるというパターン(笑)今回はどこで会ったか教えてもらったら思い出したけどね。
 
このお祈りの説明を聞いて奥でお茶をご馳走になって、このお祈りの警備がいかに大変かということを力説されました。毎日5時前からお祈りが始まるし拝観客は朝5時過ぎから夜遅くまで来るけど、翌日の準備に3時間くらいかかるから夜は19時に強制的に閉めるんだとか。僧侶も警察も大変だわ~
 
最後に身に着けておくと良いスンキというお祈り紐を頂いたのだけれど、色がいっぱいあるにも関わらずわたしに赤色ばっかり何本もくれるので、受け取った後『何故だ…』とこっそりと、でもその場で考えていたら、もっと欲しいと思われたのか更に赤色のスンキを受け取ることに…最終的に赤色ばかり7本も頂いてしまいました。行けなかった同僚とわけてもまだ余る(苦笑)
 
赤色のスンキ
ちなみにスンキの色に意味はなく結び目にお祈りが籠められています。
 
 


2015年9月22日火曜日

訂正。

先日、ブレスド・レイニー・ディのことを書いた。
http://daysinbhutan.blogspot.com/2015/09/4.html

ゾンカ語でThruebab、日本語で『雨安居』というらしい、でも雨安居はブータンで言うヤンネーじゃないのかなぁ…と最後に考えていたのだが、実は本当にそうらしい。

つまり、やっぱり雨安居はヤンネー。

ブレスド・レイニー・ディはThruebabで慈雨会、が正しいです!

嘘情報流してすみません!!

2015年9月21日月曜日

Happy Blessed Rainy Day :)


ブータンの雨季の終わりを告げるブレスド・レイニー・ディを明日に控えて、朝4時位に空から降ってくる福を受け止めるために用意した花を浮かべた水の入った洗面器。花は仕事帰りに野から摘んできたカーネーションとマリーゴールドと季節外れの藤の花。水道水は昨晩からの雨でひどく濁っていたのでフィルターを通した水を使うことに。

 明日の朝、この水を頭からかぶってざばっと水浴びするといいんだけれどちょっとこの時期は寒いよねぇ…...

このブレスド・レイニー・ディ。ブータンの国語ゾンカではThruebab、日本語では雨安居(うあんご)というらしい(下記リンク先も御覧ください)。が、下記の解説にある雨季にお坊さんがなるべく出歩かないで祈って過ごすのは、ブータンではヤンネーと呼ばれて7月上旬に始まって9月12日に終わったんだよね。ちょっと違うのは、ちゃんと言葉を判別していないからだろうか、それとも日本に渡るまでの間に変化してしまったからなのだろうか。
http://textview.jp/post/culture/19698


上記内容に誤りがあります。訂正しました。
http://daysinbhutan.blogspot.com/2015/09/blog-post_22.html

2015年9月19日土曜日

ティンプー・ドムチェ(もしくはドゥプチェン) 9月19・20日


ティンプー・ドムチェ(もしくはドゥプチェン)を見てきました。公休になる二日目とたまたま日曜日にあたったので見に行くことが出来た三日目を。

ブータンのマスクダンスは、いつ見ても何度見ても見惚れてしまう。ブータン人の友人や同僚たちには『また今年も見に行くの?去年も一昨年も見に行ったよね?何がそんなに魅力的なの?混み合っているしただ疲れるだけじゃない?テレビで見れば十分だと思うけど…』って言われるけれど(笑)

2015年7月20日月曜日

First Sermon of Load Buddha(仏陀がはじめて説法した日)

7月20日は仏教関係の祭日でした。ブータンで仏教関係の祭日といえば、どこかの寺院やゾンなどでなにか特別な法要が行われていたり、普段公開されていない特別な聖遺物などが展示されることが多いのです。

首都ティンプーの行政の中心、タシチョ・ゾンではトンドル(大きな仏画)が展示されるという話があったのだけれど、前日になって『仏陀の歯』を公開するからトンドルは出さないと教えてもらいました。

仏陀の歯とはこれいかに…
うさんくささ極まりないけれど、まぁ日本では見られないよね!と開き直って見に行くことに。


うぅむ…よくわかんないけどご利益があるといいな!あはは。
普段は(外国人が)入ることが出来ないお堂にも入ることが出来たしいい日でした。

夜のBBS(ブータン国営放送)では、この日が祭日にふさわしいかの討論をしていました。ブータンらしいなぁ。

2015年7月5日日曜日

テンデー もしくは テンデル。

7月2日(木)に仕事でタンゴ僧院という、首都ティンプーから北に1時間弱車を走らせて1時間程度山を登るところにある寺院に行ってました。まぁここは近いしよく行く現場のひとつでもあります。ただこのプロジェクト、外部から横槍が入りまくりでなかなかうまくいかないプロジェクトでもあるんです。だからけっこう気を使っているの。ここはブータン唯一の仏教大学でもあるので多くの学僧さんが学んでいます。またこの寺院の周りには多くの瞑想場があり、多くの僧侶が3年間など長期に渡る瞑想を行っています。


今回、新入社員の建築士(先月から)とインターンのエンジニア(こちらも先月から)を連れて行くことに。彼らはタンゴ僧院に行くのが初めてだといってすっかりハイキング気分でるんるん。そうして到着した寺院では、たまたま5日間のお祈りの初日だということで、いつもはやらない盛大な祈りを捧げていたし、いつも見ることのない宝物も見せてもらうことが出来た。同僚たちは大喜びで仕事を済ませた。仕事も順調に終わったし、わたし自身もこの寺院について知らなかったことをいっぱい知ることが出来たし、良いことって続くんだなぁ~みんなが幸せならいいなぁ~なんて思っていた。


そんな週末、4日(土)の18時過ぎにボスから電話。校長先生(僧侶)が今お祈りをやっているから、明日ぜひ来てくださいとプロジェクトチームの人宛に電話が来たから、時間があれば行ってごらん、わたしは行けないけれど、と。一昨日見たお祈りと一緒だよなぁ、一応もう祈ったよなぁ…この時間から明日の予定か…とは思いつつ日本人の友人に声をかけると一緒に行ってくれるというので出かけることに。

いつもは登山時に綺麗な花を見かけても、ちょっと神秘的な雰囲気を感じるひかりの参道を通ろうとも、仕事に向かうことが重要だから急いで登っているので写真をとる余裕もなかったの。もちろん帰りも時間に追われていることが多いので余裕はゼロ。でも今日はプライベート。写真もとりまくって楽しみました。

そんな今回、日本人の友人が私服だったこともあってか、あっちは行っちゃダメこっちもだめと言われ続け、お祈りしているよりもお茶飲んでご飯頂いている時間のほうが長かったというタンゴ訪問。それはそれでなかなか楽しかったです。


帰り際にスンキ(お祈り紐)とレンザル(丸薬)を頂きました、ありがとうございます。ねこちゃんに首輪代わりにしているスンキが薄汚れてきたのでこれに変えようと思います。

ちなみに今回のお祈りの名前は『テンデー』(もしくは『テンデル』)意味はKarmic Confluence
だそうです。なんとなくわかるようなわからないような…

2015年7月4日土曜日

さかのぼり日記(6月8~14日)

6月11日(木)FIFAワールドカップアジア二次予選第一戦、アウェーの香港戦がありました。同じグループの中では一番ランキングが近いので善戦して欲しいな…と思いつつも、ブータン人同僚たちの自信満々っぷりにもしかしたら勝っちゃったりするの?きゃ~☆なんてミーハーになりつつ、自宅でテレビ観戦。ブータンのテレビ局でライブ放送をしていたんです。ブータンでもこういうことが出来るようになったんだなぁ…

さて、その試合ですが…皆さんご存知の通りぼろ負け。後半のテレビのブータン人の解説者?サッカー関係者?のコメントはお葬式状態。ブータンチームは学生など兼業の人が多くてプロじゃないから…ブータンはスポーツよりもインフラなどにお金をかけるほうが重要だからスポーツはまだなんだ… うん、知ってるからそんなに悲しむことはないんじゃないかなぁ。ぼろ負けのなかでも最後まで頑張っている選手たちの頑張りを見て、子供たちががむしゃらに頑張ることの大切さとか学べば良いと思うんだ。

ブータンの人たちのこころの中には信仰が大きな位置を占めていて、その信仰では中道をいくこと(良くも悪くもない状態)が大切にされているので、頑張ることって人生において重要じゃないんだ。むしろ頑張るってことはその反動があるからあまり好ましくないと思っている節がある。それはそれでいいと思うけどやっぱり頑張ることも大切だと感じているんだ。だからこれからブータンはそういうところで良いバランスを見つけていければいいなぁと。


6月14日(日)は友人の子供の1歳の誕生日会にでかけました。


親戚や家族が多く集まって本当に楽しいパーティーでした。そこで出会った友人の異母妹(20代前半)は最近亡くなってしまった親族の残された子(1歳児)を養子にしたそう。結婚できなかったらどうしようと言っていたけれど、そんな心根の良い子が良縁に恵まれないわけないじゃない。絶対に素敵なパートナーが見つかるって!っと伝えておきました。

ブータンでは結婚とか離婚とか養子とか…ちょっと複雑でちょっと簡単だなぁと思った日曜日。

2015年6月27日土曜日

さかのぼり日記(6月15~21日)

さかのぼり日記、ふたたび。

6月16日(火)はFIFAワールドカップアジア二次予選第二戦、ブータンvs中国。ホームの試合で、首都ティンプーにあるチャンリミタン競技場で行われました。
5日前に行われた香港戦(アウェー)のぼろ負けの経験からか、ブータン人の同僚たちの予想も暗澹たるものだけれどやっぱり盛り上がっていました。

前回の一次予選では、ブータン初の快挙(長いこと予選にすら出場していなかった)ということで無料で観戦が出来たのだけれど、今回はチケット制で席は4種類。ひとつは観客席対面のパビリオンのVIP席(値段は高価だとしか聞いていないけど、普通には販売しなかったらしい)、次は観客席中央上部VIP席(値段不明、王族の方々などがいらしたので招待席だと思われる)、観客席中央(500Nu、約1000円)、観客席その他自由席(300Nu、約600円)。

チケットは事前に3ヵ所で販売されていて、わたしが行ったお店ではたまたま観客席中央が売り切れていたので観客席その他を買うことに。後で聞いたら、その時点ではまた他の店舗で中央席が残っていたらしくちょっと残念にも思ったけれど、まぁ次回は中央の席がとれたらいいなと。

自由席のチケット
当日は朝からみんなで相談『何時に行く?』『誰が誰と行くの』『チケットは?』『応援ジャージは?』挙句には『友人(または親戚)がチケットを探しているから売ってくれない?倍で買うよ』などなど。職場内でも転売が行われ数人はテレビ観戦することに!一緒に行こうと行っていた同僚たちが軒並み転売屋に変身してしまったので、日本人の友人に連絡をして一緒に行くことに。
わたし?もちろん、午後の仕事は半ドンで応援ジャージを着て行ってきましたよ~

入場を待つ人々。空模様は少し怪しい。
 
キックオフぎりぎりに到着したのだけれど外にはまだまだ長い列が続いていました。ブータンは雨季が始まっているのでお天気が不安だったけれど、試合中はなんとかもちました。終わったとたんにざぁざぁ降りの雨になったのだけれど。

中国サポーターの皆さん。
 
中国サポーターの上の席が空いていたのでそこに座りました。遅れていったから選択肢はなかったんだけれどなかなかいい席だったよ。

 
試合前、盛り上がってきている頃。中国選手の体格はよくて(たぶん世界的に見たらそうでないんだろうけれど)ブータン人の選手が中高校生に見えるほど。やっぱり食べ物が違うんだろうなぁ。

 
昨日作っていた(BBSニュースで言ってた・笑)ブータンサポーター渾身作の国旗ボードもけっこう上手に出来ていたと思う。最後は捨てられていたけれど…
 
結局試合はよく言ってぼろ負けだったけれど、前半の守りとか本当に頑張ってたような気がする。サッカー初心者だから正しいかどうかはわからないけれど。
 

中国のサポーターの方々。赤い集団が街を占拠していて怖かった…なんていう人もいたけれどマナーはとっても良かったよ。ブータンぼろ負けの後半なんて…そりゃもちろん中国の応援もしてたけれど…ブータンの人々と一緒にブータンの応援もしてくれていてなんだかいい感じでした。試合が終わった後の彼らの席、ごみのひとつも落ちてなかったしね。他の席は…まぁすごい状態だよね、ブータンの日常だけど。

彼らのジャージを見てわかったんだ、彼らもチャイナ・ドラゴンなのね。香港もドラゴン、ブータンもドラゴン。このグループには5チーム中3チームがドラゴンなんだなぁ。実力にはかなりの差があると思うけれど。


後日、ブータンのナショナルチームの監督をしている日本の方と話をする機会がありました。試合前の体を休める貴重な時間にお寺にお参りに行きたいとか言うんだ、すぐ近くだっていうけどよく話を聞いたら片道1時間もかかるっていうんだ、勝ちたくないのか?っていうか体を休める時間を何時間無駄にする気なんだ、ありえん!というような趣旨のことを仰っていた。失礼だとは思いつつも思わず笑ってしまった。ブータン人にとっては体を休めるよりも重要なんだよね、たぶん。だけど監督からしたらふざけんなって思っただろうなぁって。わたしもブータンに来た当初は理解できないことがいっぱいあったもんなぁ。もちろん、今でも不思議なことはいっぱいあるけどね!

実は試合の翌日、同僚たちと話していた時にブータン人ゴールキーパーがセーブする度に観戦しているみんなで観客席からデチェンプ・ラカン(ティンプーの守り神のいる寺院)のある北の方角に感謝の祈りを捧げてた、って聞いていたんだ。別にティンプーの守り神がブータンゴールを守ってくれるわけじゃないと思うけれどそう信じる文化がまだあるんだよなぁ。

2015年6月26日金曜日

ブータンの祭日、グル・リンポチェの誕生日。

6月26日はブータンの暦でいうと5月10日。ブータンに8世紀に仏教を伝えたと言われている高僧、グル・リンポチェの誕生日で祭日でした。

この日にはいつもタシチョ・ゾンでトンドルという大きな仏画を見ることが出来るので、友人と共に出掛けることに。

チャンガンカ・ラカン(現在外周の建物を改修中)

待ち合わせ場所に向かう途中にあるチャンガンカ・ラカンに早朝のお参り。チャンガンカ・ラカンはいつ行っても混みあっているのだけれど、この日はお堂で法要も行われていてただでさえ広くないお堂はごった返しの人の波。ブータンではお祈りが五体倒地の方法なのでその場所を見つけることさえ困難なくらい。

無事にお祈りを終えて、待ち合わせ場所へ。

天気が曇りだったおかげで気持ち良く散歩しながらタシチョ・ゾンへ。途中あまりの人の少なさにトンドルをだしに友人達を誘ったのにトンドルが出ていなかったらどうしようと不安になったりもしたのだけれど、無事にトンドルと宝物をみることが出来ました。

タシチョ・ゾンにある、グル・リンポチェのトンドル
何度見ても本当に素晴らしいなぁと感動してしまう。

こういう日は何かしらの普段公開してない宝物も公開されるのです。今日はグル・リンポチェの誕生日なので彼にちなんだ宝物が展示されていたので友人の僧侶に説明をしてもらいました。

チベットのなんたら寺院に置かれていた宝物で…なんていう説明を受けたので、どうしてチベットのものがここに納められているのかと素朴な疑問が生じて聞いてみると、チベット動乱(1959年)の際に持ち込まれ、ここブータンが安全だということで保管しているのだそうだ。ちなみに保管と書いたけれど一時預かりか頂いたのかは聞きそびれました。

2015年3月11日水曜日

3月11日のこと。


4年前の震災時、当時は一時帰国をしていて自宅で大叔母とふたりでいる時に地震がきたの。思うことはいろいろとあるけれど、今でもわたしが出来ることは何もなくて、でも祈ることだけは欠かさずにいるんだ。
 
 
今年はブータン中央宗教庁が、ブータンに住む日本人を招いて祈りを捧げてくださることになりました。何年もたった今でも祈ってくれることにこころからの感謝を。
鎮魂の祈りは、普段の祈りと異なりとても美しい音色で胸が一杯になりました。
 
 
災害が起こった年に、ブータンは政府をあげて祈ってくださったりしたけれど、翌年からこのような大掛かりなお祈りは行われていません。でもどうして今年祈りを捧げてくださったかというと、3月9日、知人の僧侶に、個人的に追悼のバターランプを捧げたいんだけれど、どこの寺院で引き受けてくれるだろうかと相談したのがきっかけでした。 
 
翌日10日の朝、彼が『よく考えたんだけれど、ブータンは日本にとってもお世話になっているし、あの災害がいまだ癒えぬ状況にあるのも知っている。私たちは祈ることしか出来ないから、ブータンに住んでいる日本人を招いて、法要を行おうと思うんだけれどどう思う?こういったことの為に余剰予算はあるんだし、話をしてみるよ』と言ってくれました。
 
で、話をしてくれた結果、昼過ぎに再度連絡があり『明日11日に10時からタシチョ・ゾンで お祈りするからブータンに住む日本人にお暇だったらいらしてねと伝えて。バターランプをお供えして、簡単なお祈りをするだけだけど、是非来てほしい』と言ってくださりました。

運悪くその日は日帰り出張中で、在留邦人のメーリングリストに連絡することが出来たのが10日の夕方になってしまったことから、参加したくとも参加できない方もいらして、そのことは本当に申し訳なかったなぁと思っています。

それでも15人ほどの日本人が集まり、ブータン中央宗教庁からHis Eminence Leytshog Lopen (レイツォッグ・ロペン)という方が来て下さり、お祈りを捧げてくださいました。写真の真ん中ほどに日本人の女性と男性に挟まれている方が、その僧侶です。

タシチョ・ゾンの僧侶は季節によってティンプーとプナカのゾンを行き来します。今の時期、ジェケンポを筆頭にほとんどの方が、いまだ冬の住まいであるプナカに住んでおり、まだティンプーに戻ってきていません。その中で、ティンプーに残っている僧侶や他の寺院の僧侶などに声を掛けてくださり、盛大にお祈りしてくれたこと、とても感謝しています。

ほんっとうにブータン的で、前日の夕方の案内だったんですけれどね!


仕事の後には、当初の予定通り、友人たちとバターランプをお供えしに行きました。いろいろと手配してくれた僧侶には『なんで昼間のタシチョ・ゾンのお祈りで一緒にやらないんだい?』と不思議がられたけれど、わたし達日本人にはいろいろと計画とか事情とかがあるのですよ!ブータンみたいに直前に変えられないものもあるのです(笑)

2015年1月15日木曜日

瞑想について、ブータン仏教について思うこと。

3が日から出ていた出張から帰ってきても、まだ日帰り出張が続いている。なんとなく落ち着かないが今年はそういう星回りなんだろうか?

今週は3回も日帰り出張が入った。そのうちの一箇所、タンゴ僧院はティンプー市内から北へ車を1時間弱走らせて、そこから1時間半くらい山を登ったところにある寺院。

同僚がわたしのカメラで撮った写真。垂直をチョルテン(仏塔)で取るかダルシン(旗)でとるかで随分雰囲気変わりそう。
前回タンゴ僧院に行った時、寺院内部の急な勾配の伝統的なつくりの階段から足を滑らせ大変な思いをしたので、慎重に調査することに…今回は安全に帰宅出来てほっとしている。


さて。
実はこの寺院の上の方の一般人は入ることが出来ないエリアに僧侶たちの瞑想小屋が立ち並んでいる。ここではひとりの日本人の僧侶が3年間の瞑想をする為に先月から篭って生活をされている。彼とは2年位前にブータン人の僧侶を通して知り合ったのだけれど、まったくもって面白い考えの方で何度か話をする機会があったことはとても運が良かった。

面白い考えというのは、わたしの友人や知人の中に仏教や密教や霊的なことについて語る人がそう多くないのでそう感じただけで、会話をしていて笑わせてくれるような面白さではない。彼はこの3年間の瞑想期間中、基本的には師匠以外の他人に会うことはないそうだ。そこまでしないと仏に(?菩薩に?涅槃に?悟りに?)辿り着けないんだそうだ。なんでも極めるというのは大変だなぁと思う。

仕事柄、多くの修行をこなして立派に勉学を終えて高い地位にいる僧侶と話をする機会が多い。そういった方々はもちろん、瞑想の修行も何年もまた何回もいろいろな種類をこなされている。瞑想をして得られることとはいったい何なんだろうか。誰に何度話を聞いても『霞を食って生きていける仙人ってきっとこんな感じなんだろうなぁ』と思ってしまうわたしは、雑念だらけの一般人からいつまで経っても抜け出せないんだと思う。今のところは、抜け出す必要性も感じてはいないんだけれど。

ブータンでは珍しいのだが、一般人でも(僧侶でなくてもという意味)とある寺院で数日間、山に篭って週末瞑想的なことが出来ると聞いたのでやってみたいと申し出たことがある。師匠(偉い僧侶)はゾンカでの指導しか出来ないし、君はお祈りのための魂込めてもらってないから意味がないよとやんわりと断られた。なに?魂が入ってないと祈っても意味がないわけ?じゃぁ今までのは全部無駄なの?と重ねて聞くと、完全に無駄じゃないけれど中身はすかすかだよね…と。

祈りがすかすか…そんなこと聞いたこともなかった(笑)わたしの祈りは果汁5%くらいのジュースの薄さみたいなものなのだろうか…100%ジュースみたいに中身ぎっしりで美味しい仕上がりにするには外部から魂を入れてもらわないといけないようだ。どうせ祈りを捧げるならば、中身ぎっしりにしたいと欲張りに考えちゃうんだけれど、そういうのも物事に執着してるってことでよくないんだろうか?ブータン仏教ってハードル高いなぁ。

2015年1月7日水曜日

ワチェン・ゾンの落慶法要。

 
縁あって、ウォンディ県にある寺院の落慶法要にお呼ばれしました。運悪く出張が重なってしまったために行けないかと危惧していたのですが、都合をつけることが出来参加することが出来たので嬉しい。出張先のガサからこの寺院まで片道3時間45分くらい。大半がラフロード(舗装されていない道路)決して楽ではない道のりなので、プロジェクトの運転手さんには頭が上がりません…
 
冬休み期間だということもあり地域の人びと、老若男女問わず集まり、また施主であるこの寺院の僧侶がとても信頼されている(信仰を集めている?)ので、地域の人々も改修が終わったことをとても喜んでいました。
 
地元の女性たちがこの地域の歌や踊りを披露してくれたのですが、今まで見たことのないような気がして、他の踊りを披露していた王立舞踏団の人たちに尋ねてみたところ、彼らも知らない歌と踊りだったようです。こういうことがあるので田舎に行くのは面白い。
 

花びらひらひら
 
寺院からは素晴らしい眺め。
この寺院は、台湾の人々の寄付を得て改修を完了しました。今ブータンでは外国の個人の方の金銭的援助を受けて改修などを行う寺院が少なくありません。信仰の部分でも援助を受けるのが当たり前になってきた今日、ブータン人の価値観は変わりつつあると感じています。

2015年1月5日月曜日

大きな法要、シプチデ。

行けないとは知りつつも、13年に一度しかやらない法要がすぐそこで行われているのに行けないのは残念すぎるので、プロジェクトの人達に興味があるなぁ~面白そうだなぁ~と言い続けていたら、彼らはわたしを言い訳に仕事を休むことを決めたようで『外国人の同僚が強請ってるから仕方ないよね。まぁ僕らも行くことが出来てラッキーだし』というスタイルで、行くことを許可してくれました。

そんななか、首都のオフィスから携帯にメッセージ『内務文化省の次官より、今回の法要は特別なものであるので行きたい人は行っても良いと許可が出ました』との事。さすがブータン、さすが内務文化省。というわけで、同僚たちと皆で仕事をサボる後ろめたさは感じることなく行けることに。

出張先のガサから法要が行われているプナカまでは車で片道3時間。自動車道路はあるけれど基本的にアスファルト舗装はされていない砂利道のみ。楽な旅ではないけれど、楽しいことの前では小さく些細な問題です。ここでも道路拡幅工事による通行止めがあるために朝の5時半に出発。

プナカに到着すると、警察やデスップ(軍隊のトレーニングを受けた人でオレンジのユニフォームの人々、王様直属のボランティア集団でいろいろなイベントで活躍しています)が皆の持ち物検査、誘導、案内などを行っていました。

いつも思うけど、かばんの中のなにをチェックしてるんだろうか?

つい数日前、タクツァン僧院登山中に外国人観光客の滑落事故があったこともあり、この法要では事故が起こらないようにと、4代・5代両国王陛下、そして中央宗教庁からじきじきにお達しがあったそうで、外国人や婦女子には特別な注意が払われていました。わたし個人でもデスップや警察の方々から度々『最後の瞬間は危険だから絶対に近づかないように』と注意を受けました。外国人には特に本人に、そしてガイドに、という念の押しよう。

前に置かれた人形、宝石や銀細工などで飾りつけられています。

周囲に置かれたお供え物、素敵なキラもありました。
みかんとか?見向きもされてなかったけれど、綺麗に飾りつけされていました。
お供えには家畜もあります、これも最後に頂いていいの。

運良く法要に参加することが出来たので、運良く何かを手にして護符に出来るかなと思っていましたが、一緒に来ている同僚たちやその家族もわたしが危なくないようにと目を光らせているし、そんなチャンスはなさそう。ブータンで怪我しても良いことはないし、一緒にふらふらしてくれる同僚の子供たちと大人しくしていることに。

そんななか子猫を発見、人混みでにゃーにゃー。危ないなぁと勝手に保護。飼い主を探してみたけれど見付からず、周囲の人には飼いたければ持って帰りなよ、でも放っておけば勝手に家に帰るよ、と言われたけれど犬も多くて心配で。人混みは混雑していて危ないしかわいすぎて手放せず、こんな日に猫ちゃんと出会うなんてこれって何かの縁じゃない?っていうか、このねこちゃんが護符なんじゃないの?と勝手に前向きに同居を検討。

そうこうしているうちに、群集から『わあっ』いう声がしてそちらに目を向けると砂埃が。あっという間にするすると柱を登っていく人が見え、これは近くで見なきゃ!とお目付け役(笑)の同僚の娘とねこちゃんを連れて安全な範囲で近づくことに。

真ん中に人がへばりついているのがわかりますか?
 
登れる人はほんのわずかで後は下でごそごそしてました。

興味はあるけれど、安全圏にいる人びと。わたしもそのうちのひとり。
 
破壊された人形の残骸。これひとつでも護符になるそう。でもこれが屋根裏とかに置かれてたらちょっと怖い。
 
護符をゲットしたおっちゃん。誇らしげで嬉しそうでした。
 
なんとも迫力があってすごかったです。みんなの興奮が伝わってきて楽しくて、写真を撮るよりも現状を見ているのが精一杯でした。今思うと、あれも撮ってない?これもすごかったのに!!ということばかり。写真には写っていないけれどおばちゃんたちもパワー全開でいろいろと獲得。やっぱりおばちゃんは世界どこでもすごいよね。

あの飾りもさることながら、そこで組まれたやぐらの部材(パネルや角材)なども持ち帰って良いそうで、そんなものを抱えた人も多くいてちょっとびっくり。

大興奮のうちに法要は終わり、ねこちゃんと共に出張先のガサへ帰宅しました。


その日の夜のニュースで、7歳の女の子がひとり死亡し怪我人が9人出たと知り驚きました。
http://www.bbs.bt/news/?p=35584

2015年1月3日土曜日

ガサに向かいます。

ある晴れた日のドチュ・ラ峠

お正月早々にお願いされた出張、ガサへ向かいます。ガサ・ゾン改修工事の担当をしているので、今年は度々ガサに行くことになるでしょう。今まで担当していたルンツェも田舎でしたがガサも相当に田舎です。普段生活している首都ティンプーの生活とは違うものが見れるので、仕事以外のこともとても楽しみです。

新年早々のドチュ・ラ峠では天気が崩れ新年早々曇り空、こんな青空は見えなかったのが残念でした。しかも1月1~5日まで、プナカで『シプチデ』という大きな法要がある関係で、この週末は道路拡幅工事による通行止めは行わないと言われていたのですが、何故か行われた通行止め。ひっ掛かった人たちとのお喋りによると、BBS(ブータン・ブロードキャスティング・サービス、ブータンの国営放送のテレビ)で通行止めをしないという案内を出していたそう。どうして行き違ってしまったのでしょう。まぁ時間は無駄になりましたが、いろいろな人とお喋りしたりして楽しい時間は過ごせました。

プナカで約束していた人とご飯を食べました。あぁ時間があったらもっとお喋りしたかったのに!美味しいご飯も手作りパンもご馳走さまでした!

プナカで行われる大きな法要、最終日がとてもエキサイトするらしいけれど出張先からは出掛けにくいので、一緒にガサに向かう同僚にお願いして寄ってもらうことに。すっごい迫力でした。

周囲の人々を見るとこの大きさがわかると思います
 
20メートルはあるんじゃないかという色とりどりの糸で組まれ美しく飾られた大きなデ。その前に飾られた王族やジェ・ケンポや王族や一般の人々を象り、衣装や宝石など煌びやかに飾り付けられた人形。周りに置かれている多くのお供え物(穀物や衣類など様々なもの)。
 
そこで会った僧侶に話を聞くとこの飾りの一番上に一番のお宝が安置されているらしい。そのお宝も周囲に置かれているものも最終日には持ち帰って良いそうで、それがエキサイトしすぎて奪い合いになり怪我人が出るということでした。ここから頂くものは全てが護符として機能し、霊的(悪霊など)にも物理的(泥棒や災害など)にも守ってくれるらしい。
 
ミーハーなので、そんなに素晴らしいモノならなにか欲しいな…とは思うものの、最終日には来れそうもないので無理そうです。